2002/8/1

鎌倉の窓

 

光明寺本堂

光明寺本堂

 天照山蓮華院光明寺(てんしょうざんれんげいんこうみょうじ)といって、寛元元年(1243年)の創建と伝えられています。鎌倉幕府第4代執権北条経時が、然阿良忠(ねんありょうちゅう)を迎えて開いた浄土宗の大本山で、良忠は浄土宗第三祖とされます。

 第5代執権時頼をはじめとして、歴代執権の帰依を受けて念仏道場の中心になり、また江戸時代には、徳川家康が浄土宗学問所の十八壇林筆頭に定めたことによって、多くの学僧達が集まり大いに栄えました。

 昭和21年にはこの本堂を中心に「鎌倉アカデミア」という自主大学が開校されて、学長は哲学者の三枝博音が、教授陣には作家・高見順や演出家・村山知義などが教鞭を執って、個性溢れる教育の理想を求めて活動しました。そしてここから作家・山口瞳、作曲家・いずみたく、映画監督・鈴木清順などが巣立っていきました。しかし昭和25年には廃校になりました。

 毎年10月12日から15日までの「お十夜法要」には、植木市などが開かれ大勢の人たちで賑わいます。

 

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