2002/3/18

鎌倉の窓

 

瑞泉寺本堂

浄妙寺山門

 鎌倉五山の第五位とされた浄妙寺は、源頼朝の重臣だった足利義兼が、文治4年(1188)に退耕行勇(タイコウギョウユウ)を開山として建立した極楽寺と言う真言宗の寺でした。その後に建長寺開山蘭渓道隆の弟子の月峯了然(ゲッポウリョウネン)が住職になって臨済宗に改められ、寺名も浄妙寺にかわりましたが、時期については1257年から1288年の間と諸説があります。現在、千葉県安房郡の日本寺にある鐘は、もとはここ浄妙寺にあったものとされます。
 退耕行勇もはじめは真言密教を学んでいましたが、栄西の門下に入り臨済禅の高僧になって、頼朝や政子、実朝などが帰依しました。

 

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