2002/3/18

鎌倉の窓

 

荏柄天神

鎌倉宮

 御祭神は後醍醐天皇の皇子で、建武中興に功績があったものの、建武二年(1335)七月二十三日に幽閉されていた鎌倉の東光寺で非業の最期を遂げたとされる、大塔宮護良親王(おおとうのみやもりよししんのう)です。明治二年二月に明治天皇の勅命によって、東光寺跡とされる地に創建されました。護良親王は天台座主でしたが、元弘の乱が起きると父天皇をたすけて熊野・吉野に転戦しながら諸国の勤王武士に令旨を発し、楠木正成とともに官軍勝利の先駆けになりました。
 護良親王が建武中興の折りにその兜に獅子頭を付けていた故事から、ここでは獅子頭のお守りを出しています。また秋には前庭で薪能が催されます。

 

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