2001/11/30

鎌倉の窓

 

常楽寺山門

常楽寺山門

 大船の常楽寺は山号を栗船山(ぞくせんざん)といいますが、このアワフネが大船の地名の由来と伝えられています。鎌倉幕府三代執権の北条泰時が妻の母の供養に粟船御堂を建てたのが始まりとされ、本堂背後に泰時の墓が、大応国師の墓とともに遺されています。
 蘭渓道隆が建長寺を開く五年前に、この寺で宋の禅を広めたとされ「常楽 は建長の根本なり」といわれます。大応国師は蘭渓道隆の高弟のひとりで博多の崇福寺に移り、北九州に臨済禅をひろめた高僧です。
  山門の大銀杏の左後方のはるか山の上にも色づいた銀杏が望めますが、その下に木曽義高の墓があります。

 

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