2001/06/14

鎌倉の窓

 

建長寺三門

建長寺三門

  鎌倉五山の筆頭とされる建長寺は、正式には巨福山建長興国禅寺(こふくさんけんちょうこうこくぜんじ)といいます。建長5年(1253)11月に、北条時頼が宋から招いた蘭渓道隆(大覚禅師)を開山として開いた我が国最初の禅寺とされます。もと、この地は地獄谷とよばれて罪人の処刑場であり、葬地であった言われています。その時にこの地に心平寺と呼ばれた仏堂があって、その本尊の地蔵菩薩が現在も仏殿脇に千体地蔵に囲まれて安置されています。
 三門は正確には涅槃成道のための空門・無相門・無作門の三解脱門の略称とされます。現在の三門は安永4年(1775)の再建です。正面大扁額は後深草天皇の宸筆と伝えますが、本寺11世で宋僧の大通禅師子曇の筆とされます。
  この三門には幾つかの伝説があって、その一つに万拙和尚と狸の話があります。万拙和尚が三門の再建のために一生懸命に托鉢をしている姿に狸が感じて、建長寺の山から出てきては万拙和尚の托鉢姿になりすまし、町に出て米や金をもらい歩き、それが七組にもなったそうです。そして狸はもらってきたものは全て三門が在ったところに置いていったそうです。

 

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