文永8年(1271)9月、日蓮は幕府に捕らえられ龍ノ口の刑場に送られました。世に龍ノ口の法難と言われるものですが、その時、ここ居た桟敷の尼がゴマのぼたもちをつくって日蓮に進めたことから、俗に「ぼたもち寺」と呼ばれています。同様の話が龍口寺輪番八ケ寺の一つ法源寺にも伝わっていて、そちらは老婆が差し出した握り飯が転げて、砂にまみれ、ゴマをまぶしたぼたもちのようになった、と言われます。 ここは頼朝が桟敷を作って由比ヶ浜を遠望したところと伝えられ、その後に兵衛左衛門尉の妻がこの地に住んで桟敷の尼と称して、法名を妙常日栄としたことから常栄寺と言います。本堂に向かって左手に桟敷尼夫妻の墓が今も祀られています。
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