2001/03/14

鎌倉の窓

 

天秀法泰尼の墓

天秀法泰尼の墓

 天秀法泰尼は東慶寺第二十世にあたり、豊臣秀頼の息女です。1615年(元和元年)に大阪城が落ちて当時七歳の幼女は捕らえられ、天樹院(千姫)の養女になった後に、家康によって東慶寺に入れられました。天秀尼が入って将軍家とも特別な縁が出来たことから、寺の権勢は大いに振るい、大名の行列も道を譲ったとされます。

 

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