2001/03/14

鎌倉の窓

 

朝の相模湾

朝の相模湾

 材木座・光明寺の上から稲村ヶ崎と江ノ島、富士山をのぞみます。切り通しは湘南道路を通すために開いたもので、鎌倉時代にはありませんでした。1333年5月の新田義貞軍の鎌倉攻めの時に、この稲村ヶ崎を引き潮に乗じて攻め込んだとされますが、実際には画像の右手の丘陵部分に当時は仏法寺という寺があって、その傍を西から鎌倉に入る稲村路があったようで、新田軍はその寺の占拠に成功し、稲村路から鎌倉に攻め込んだようです。

 

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