2000/4/25

 

 

浄智寺の楼門

浄智寺の楼門

 鎌倉五山の第四位、浄智寺の楼門です。執権北条 時頼の三男、宗政が弘安4年(1281年)に亡くなり、その菩提のために宗政夫人が起こした寺です。

室町時代にはたくさんの御堂が建ち並び、塔頭も十以上を 数える程の大きな寺だったそうですが、北条氏が滅び、戦国時代を経て江戸時代になると、鎌倉も農漁村の一寒村になってさびれ、寺もその繁栄ぶりを失いました。

更には大正12年(1923年)の関東大震災では建物の ほとんどが倒潰してしまい、今ある建物の大部分はその後に建てられた物です。
楼門の二階には、暦応3年(13 40年)銘の銅鐘がおかれています。

 この門を潜って右手には、室町時代の作と伝えられる 三世仏座像が祀られている曇華殿があります。曇華とは 優曇華(うどんげ)の略で、インド地方にある三千年に一度 花が咲くと云われる樹のことです。この花が咲くときに仏が この世に出現すると伝えられています。 ここにお詣りすると 三千年に一度の幸運に恵まれるかも知れません。

 

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