【神さまのぶらんこ】 [鎌倉とんぼのページ]

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■土佐に伝わる「いざなぎ流」について 最新発言から読む

704 名前:青年行者 :02/03/29(金) 23:42 (土佐に伝わる「いざなぎ流」について) 
こんばんわ、青年行者です。
昨日のフジテレビの放送で地元・高知のいざなぎ流が
「恐ろしい呪術」のように紹介されていたのでなんか
あらぬ誤解を受けるのではないかと心配してカキコしました。

まず、いざなぎ流祈祷とは基本的には、神道、仏教、陰陽道、
修験道などが融合して高知県の物部川流域で独自に花開いた
民間信仰です。特徴としては神道には無いような独特な形の御幣を切り、
経典や祝詞も唱えますが殆どは独特の祭文を唱えます。

昨日のテレビでは物部村だけに限定されている
ように言っていましたが正しくは物部川流域の物部村を始め
香北町・土佐山田町・香我美町の一部に伝承されています。
ボクの通っている大学も一応いざなぎ流圏内にあります。

また、いざなぎ流にも地域ごとにたくさんの流派があり、
昨日テレビに出ておられた小松為繁太夫さんは
「根木屋伝(ねきやつたえ)」という流派の方です。
修験の影響を受けた「天台流」などの流派があります。

今いざなぎ流を悩ませているのは後継者問題です。
結局、過疎が進み跡取りがいないのです。
またいざなぎ流には「四ッ足を絶対に食べない」など
の厳しい掟や基本的には外部の人間が法を持ち出すこと
を禁じています。結局そういうところが難しい問題なんですけど・・・・・。

705 名前:鎌倉とんぼ :02/03/30(土) 09:07 (Re: 土佐に伝わる「いざなぎ流」について)→ Home
最近の霊能番組は一種の社会悪です。テレビはいけません。
バラエティー番組然り・・・ドラマも陳腐なのが多い。

 いざなぎ流の切り紙はここに少し紹介されています。
http://lib1.nippon-foundation.or.jp/1999/0241/contents/053.htm

706 名前:でんのう :02/03/30(土) 10:39 (Re^2: 土佐に伝わる「いざなぎ流」について) 
 こんにちは、鎌倉とんぼさん、青年行者さん

> > 最近の霊能番組は一種の社会悪です。テレビはいけません。
> バラエティー番組然り・・・ドラマも陳腐なのが多い。

 仰る通りですね、余りにも低俗なテレビ番組が多いので、私も最近はニュースと映画くらいしかテレビは視ません。

 例外として、動物番組は好きで視ますけれど。(笑)

1620 名前:みつ :09/06/16(火) 03:55 (Re: 土佐に伝わる「いざなぎ流」について) 
>>704
>「恐ろしい呪術」のように紹介されていたのでなんかあらぬ誤解を受けるのではないかと心配してカキコしました。

 何が誤解かはさておいて・・・有効な呪詛を少なくとも昭和30年代後半まで伝承していたのは確かのように思えますが・・・実際のところ犬神使いの一種のように思えます。表に出ないだけで、今でも有効な能力を有している術者が残っているかも知れませんよ。
 呪詛はオカルトなので信用しないとおっしゃるなら、それはそれでよいのですが、呪詛能力の高い事で有名な英彦山修験が昭和初期に既に実態としての呪詛能力が失われていたことを思えば奇跡的なことと思います。

1621 名前:鎌倉とんぼ :09/06/17(水) 08:08 (無題) 
みつさん、こんにちは。

>>昭和30年代後半まで伝承していたのは確かのように思えますが・

仰有るように昭和30年代・・・いわゆる“安保騒動”“東京オリ
ンピック”から日本の社会、世相が大きく変わってしまって、モ
ノ、カネ崇拝根性が浸透してしまいました。日本人が古来より培
い伝承してきた精神文化は崩壊消滅させられ、精神的難民の人間
が増えました。本来の宗教意識、教養、文化などが軽視されて、
オカルト的な部分にのみに興味本位な好奇心的な目を向けさせる
マスコミも加担しておかしな方向に走りましたね。
だから「貴方の先祖が見える・・・」なんて云う言葉に軽薄にも乗って
多額の金品を持ち去られる・・・理解できません。
個人的には現在の神社神道にも問題が多いと感じます。

1623 名前:鎌倉とんぼ :09/06/17(水) 12:19 (Re: 無題) 
みつさん、こんにちは。
>
>  培い伝承してきた精神など存在したことが有ったのでしょうか。

そうですか。観点が異なるようで失礼いたしました。
貴説は納得や賛同はいたしませんが、尊重はいたします。
人には各々のポリシーやスタンス、観点を持っておられますので、
ネット上ではその領域に踏み込んでの理論展開は避けたいと思いま
す。あしからずご了承ください。

是非 観点を掘り下げてご研究を成就させてください。

1624 名前:みつ :09/06/17(水) 14:13 (無題) 
1622削除
>ネット上ではその領域に踏み込んでの理論展開は避けたい

 場主さんがおっしゃるので、別に自主規制とかではなく1620の趣旨には関係ないので・・・ 最初はご返信がありましたのでその方向の切り口もありかなと思いましたが・・・・

 さて、オカルトと簡単に申されますが・・・

 呪詛や霊の存在などは、一般には近代合理主義の考え方では存在しないとされているものです。(恐ろしいとか、誤解とかも同様に人間の感情に於ける位置の取り方です)

 物質のみが存在すると考えれば人間の精神(感情)などというものは存在しないと言うのと同じ事になります。
 つまり認識が存在を決めるのです。夢なのか幻なのか、抓っていたくなければ夢??人の死も眠ったまま起きないこととどこが異なるのでしょう。

 呪詛も出来る人には出来る。ただし出来る認識を持つような人には呪詛返しも効きますから、当然怖いので自ら出来るなんて事を滅多に表明しない。実際呪詛で人を殺せると想っている人は、逆に呪詛で殺される。歴史の中には呪詛で殺されたと想える記述がたくさんあります。合理的でないといって色々後付けで小理屈を並べる人がいますが、死んだ当人にその自覚が有れば当然呪詛で死んだと言わざるを得ない。

 能力のある人が余り言及しないのは、いくら能力が低いとはいえ多くの人の妬みや嫉みの無意識の呪詛を受けてしまうことを知っているからとも言える。逆説として言えば、自ら法力云々なんて輩の能力は殆どがたいしたことがないことが多いのはそんな理由だと想う。

 精霊や仏を視る能力も同様。少々無茶な修業をすればほとんどの人は見ることが出来るはず。ただ重要なのは、それが幻(認識に於ける知覚)だということを納得しきれるか否かが重要。だから導師(先達、指導者)がいない修業はやってはいけないのは、この惑いに落ち込むから。

 神社神道云々はこのスレッドからは外れますので時間がある時に別スレッドを立てます。 

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