【神さまのぶらんこ】 [鎌倉とんぼのページ]

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■龍神祭祀ついて 最新発言から読む

1642 名前:秦崇禮 :09/11/10(火) 22:15 (龍神祭祀ついて) 
 龍神祭祀、信仰についてですが龍神さんの信仰の仕方やおまつりの仕方というのはあるのでしょうか? 
 一説によると稲荷さまより難しい、とも言われますが。
実際、自分も多少の縁があるのですが難しいと感じます。
 

1650 名前:秦崇禮 :09/11/16(月) 22:30 (無題) 
 鎌倉とんぼさま
ありがとうございました。ところで、違う神社の龍神様を拝むような事はやめるべきなのでしょうか?
 どこかの竜神様を拝めば、別に祀られてる系統の龍神様を拝むのはいけないのでしょうか?
 お願いします。

1651 名前:鎌倉とんぼ :09/11/17(火) 08:28 (Re: 無題) 
秦崇禮 さま

>>龍神様を拝むのは・・・
一言に「拝む」と云うことにもいろいろあると思います。例えば願を
かけるなどの事柄もありましょうし、普通の参拝や産土様への初詣
などのお詣りもあります。
仮に、ある会社の社長が別の会社の工場に行ったとします。その工場の入り口には稲荷社をお祀りしていて、その社長の社屋の屋上に
も稲荷を祀っているとき、その社長が「自分の社のお稲荷様を拝んで
いるから、この工場のお稲荷様には失礼します」と無視をした場合に、
その工場の人たちは、その社長の人柄に全幅の信頼を寄せられるで
しょうか?

また以前に、ある人からお墓の相談を受けた時のことです。その方
は「自分が信仰している神さまは、他の神さまをお祀りしているとこ
ろに(自分が)行くことを嫌われるから(私に)出て来て欲しい」と云わ
れたことがあります。何度か外でお話しを伺いましたが、結局は供
養祭祀というよりも自我が昂じていかれるばかりなので、お断りを
したことがあります。

推古天皇紀十五年には『孰(あつ)く神祇を礼(うやま)ひ 周(あまね)く
山川を祠り 幽(はるか)に乾坤に通はす』とあります。この山川とは
ある意味では龍神とも解釈できます。周く拝んでも障りがあるとは
思えません。

1652 名前:秦崇禮 :09/11/18(水) 21:39 (無題) 
 鎌倉とんぼさまありがとうございます。
私がここでいう、「拝む」ということは願をかけるに近い意味合い
があります。
 単に挨拶する分はいろいろな神仏にしますが、中心となって信仰したりする場合の事をいいます。

1653 名前:鎌倉とんぼ :09/11/19(木) 08:52 (Re: 無題) 
秦崇禮 さま

“願をかけるなどの意味合い”でしたら避けられた方が宜しいと思
います。願をかけることは簡単ですが、解くとなるとそれなりのお
祀りやお礼参りなどをしなくてはなりません。
「願」とは一つには御神威との約束ごとにもなり、願をかけるとは、
自分自身がその御神威を認め頼ることになり、その数が多数に昇る
ことは、裏返せば始めに「願をかけた」御神威を蔑ろにし、また、そ
の時点での自己に信仰心を否定することにもなります。もし、他に
願をかけるならば、始めの願を解くことが望まれます。
自身の守護神、守護霊に対して至真至誠が信仰の原点でもあります。

それが為に、人が亡くなったら、その家の屋根に扇の要を外したも
のを投げ上げます。これは生前に故人が願をかけていたかも知れな
い神仏に対して、その願を解く意味があります。今はマッタクと言
っても良いほど見られなくなりました。

願をかけると言うことは、その神仏に自分自身がかける想いの重さ、
深さを意識しないといけません。心の迷いやものの弾みでは済まな
い部分があるのです。それが信仰です。

1658 名前:秦崇禮 :09/11/30(月) 16:58 (無題) 
 鎌倉さま
またお伺いさせてもらいます。在家、あるいは、一般家庭で祀りきれない、あるいは祀りきれない龍神様はおられるのでしょうか?
 もともと力のある神さまなんで気になります。

1659 名前:鎌倉とんぼ :09/12/01(火) 09:08 (Re: 無題) 
秦崇禮さま

>>祀りきれない龍神様
事例を具体的には判りかねますが、人には分というものがあります。
その分を超えると、かえって災いの元にもなりかねません。祭祀で
も同様です。何処の如何なる龍神様かは存じませんが、始めから御
自分の分相応にお祀りをさせていただくことを念頭に置いて、質素
でも誠心なお祀りをなさることには不都合はないと思います。
「易経」には、質素な二台のみの供え物でも神意に外れることは無い
という意味の言葉があります。

ただし、特定の行者さんなどから御分霊などはこの限りではありま
せん。その行者さんなどの念が籠もっていると障ることがあります
のでご注意が必要です。これは御神霊というより行者さん方の「念」
や「業」によるところが多いことがあります。

1660 名前:秦崇禮 :09/12/01(火) 23:55 (無題) 
 鎌倉とんぼさま
どうもありがとうございます。
 >>質素な二台のみの供え物
とはどの様な供え物なんなのでしょうか?
 

1661 名前:鎌倉とんぼ :09/12/02(水) 08:50 (Re: 無題) 
秦崇禮さま

>>質素な二台のみの供え物
これは『易経』のなかの「山沢損(さんたくそん)」からの引用です。
=損は、孚(まこと)あれば元吉(げんきつー大吉)にして咎なし。貞
(てい)にすべくして、往くところあるに利あり。曷(なんぞ)かこれ
を用いん。二簋(にき)用て享(まつ)る可(べ)し。=

「簋」は竹の皿をさします。ご存知のように、普通は神などに供える
場合には奇数の台を用意します(勿論、偶数の場合もあり、これが誤
りではありませんが)。ここであえて二簋としたのは三台とか五台に
は足りなく、しかも粗末な竹の皿であっても「孚(まこと)あれば元吉
(げんきつー大吉)にして咎なし」と諭しているのです。

具体的に、何と何での二簋と言うことではありません。

1662 名前:鎌倉とんぼ :09/12/02(水) 08:54 (Re^2: 無題) 
「二き」の『き』の文字が変換できません。「タケカンムリ」に「良」を書い
て、その下に「皿」です。

1663 名前:秦崇禮 :09/12/06(日) 17:24 (無題) 
 遅くなってすいません、鎌倉とんぼさまありがとうございました。
 ここで本質(?)について伺いたいかと思います。
龍神を信仰するということは他の神仏を信仰することと異質な存在かと思います。これは信仰してみた人間にしかわからないかもしれませんが、龍神信仰についてわかる範囲で長所・短所をお教えていただけないでしょうか?

1664 名前:鎌倉とんぼ :09/12/07(月) 09:07 (Re: 無題) 
秦崇禮さま

> 龍神を信仰するということは他の神仏を信仰することと異質な存在かと思います。これは信仰してみた人間にしかわからないかもしれませんが、龍神信仰についてわかる範囲で長所・短所をお教えていただけないでしょうか?

これは個人個人の信仰の心、ある意味では取り組み方によって異な
ってくるのではないでしょうか。日本人の伝統的な信仰の心の有り
様は、自然を征服する、意のままに動かすなどと言うものではなく、
自然はわれわれに無限の恩恵を与えてくれる生命(いのち)の根源で
あり、祖(おや)であり、産霊そのものと見ています。そこから山や
海、森も川もイノチの根源であり“神”になり、祭祀があります。

そこから神と交わろう、神通力とも言える霊力を得ようとすると、
これは異なった道(修業)を歩むコトになると思います。時としては
生まれながらにその様な「チカラ」を備えている人も居られます。

信仰の長所や短所と言うことは具体的な事柄を拝見しないと軽々に
は申し上げられませんし、また、それはアクまでも私個人としての
見解であって、全く異なる見解の人もまた沢山居られることになり
ます。

私は、信仰とは人として至真至誠に祈り、祭祀をつとめることが肝
要だと思っています。神に通じることがあるとすれば、その心でし
ょう。

1665 名前:ふうせん :09/12/15(火) 02:20 (無題) 
稲荷信仰をしておりましたが家のなかにも入られ自分の中にも入られて病気になり働けなくなり、貧乏どん底で身にしみて 触らぬ神に祟りなしと思っています。神様怖い思いですが辛苦の人生苦しい時の神頼みの心境です。神様はどのように頼る事がよいのでしょうか何とか道をおたずね します。稲荷様はお返ししてお祓いして今はいなくなりました。稲荷様はこりごりです。神様は怖いけど助けられたいのも事実です。どんな神様にどのように接すればよいのでしょうか。よろしくおねがいします。

1666 名前:鎌倉とんぼ :09/12/15(火) 12:31 (Re: 無題) 
ふうせん さま

ご災難でした。
人によって、或いは何かの調子で“受けてしまう”ことがあります。
お稲荷様の全てが貴方にその様な現象をもたらすとは思えません
が、しばらくは避けられた方がよろしいでしょう。

>>どんな神様にどのように接すればよいのでしょうか。
これは難題です。普通一般的には氏神様が一番身近な御守護神にな
るわけですが、人それぞれには「守護神」「守護霊」とされるご守護が
あります。そして、これは何処の何という神様などかと言うことは
判らないことの方が普通です。真言密教などでは蓮の花びらなどを
曼荼羅の上から落として、守護の仏様との縁を結ぶ法などがありま
すが、強いて探そうとはなさらなくても、自然にお知らせがありま
す。時には霊能者などと名乗る人が、その神様などを教えますと言
うこともありますが、少し危険です。

しばらく心を落ち着けて生活をなさるうちにご縁が見えてきます。

1667 名前:秦崇禮 :09/12/16(水) 22:46 (無題) 
 鎌倉とんぼ様
御礼は少し遅くなりましたがありがとうございます。ふうせん様
がおっしゃてるように神仏、とくに現実界に力を持つ神仏の信仰というのは諸刃の剣のようなところがあります。
 鎌倉様は自然と縁があるとおっしゃられましたが私の場合、自ら招いた節があります。これも縁とよべるのでしょうか?

1668 名前:秦崇禮 :09/12/16(水) 22:47 (無題) 
 ふうせん様
 よろしければお聞かせください、お稲荷様の祀りに何か不敬なことでもしたのでしょうか?

1669 名前:鎌倉とんぼ :09/12/17(木) 06:07 (Re: 無題) 
秦崇禮さま

>  鎌倉様は自然と縁があるとおっしゃられましたが私の場合、
自ら招いた節があります。これも縁とよべるのでしょうか?

縁にもいろいろなことがあります。人と人との縁、人と物との縁も
同じで、神仏との縁も同様だと思います。様々な縁の中から「善」に
なる縁を大切にするわけですが、これは言うのは易しいですが、実
際になると見えない、判らないのが正直なところです。

そのために生活の姿勢やリズムを正しく持つことです。腰の真ん中
に頭を乗せ、顎を引く意識・・・いわゆる背筋をのばすことであり、
丹田を調えることになります。背中を丸めると良いことは少ないで
しょう。

1670 名前:ふうせん :09/12/18(金) 00:29 (無題) 
鎌倉とんぼ様御指導ありがとうございますこの30年あっちこっち霊能者を訪ねたり、御不動様明神様御大師様稲荷様観音様神明様龍神様八幡神社様観音参りいろいろと歩き回りましたが稲荷様の所には、3年間の間1週間ずつ3回計3週間泊まって奉公しましてお世話になりました。気持思いがすぐ届いて願い道理になっていましたが、どうやら正しくない方向に自分で気づかないまま思いを抱いていたようで、ある霊能者に稲荷に振り回されていると気づかされお払いをしていただき前後20ねんの歳月が流れどん底の結末です。

1671 名前:ふうせん :09/12/18(金) 13:08 (無題) 
鎌倉とんぼ様。いろいろ疲れました。何か簡単な毎日の至真至誠のこころの育て方としっかりした霊能者を御案内頂ければ、幸いです。先も見えてきた年なので行く先々正しい選択が得られるように幸せを感じとってから消えていきたいと思います。宜しくお願いします。

1672 名前:ふうせん :09/12/18(金) 13:24 (無題) 
鎌倉とんぼ様。たびたびすみませんがもうひとつおねがいします。霊能者から因縁をもった者同士結婚して幸せ弱く生まれてきていると言われました。思い当たるところもありますが、おかげで子供も大変苦労かけています。開拓できる心の育て方アドバイス宜しくお願い申し上げます。

1673 名前:鎌倉とんぼ :09/12/19(土) 09:06 (Re: 無題) 

> >霊能者から因縁をもった者同士結婚して幸せ弱く生まれてきていると言われました。

どうでしょうか?私個人としては信じません、申し訳ないですが。
因縁とは、悪いことに使われる事が多く、災いの種のように思わせ
る言い方をしますが、物事の全ては“因”があって“縁”に触れて
“果”が生じるのです。「善因善果 悪因悪果 自因自果」と言わ
れますが、踏み込んで申し上げますと、善の因であっても、悪い縁
に触れると好ましくない果を生じることもあり、反対に、悪い因で
あっても善い縁に触れることで善い果に生じることもあります。

<幸せ弱く>とされるようですが、その強弱の物差しがどの辺りに
あるのかは疑問です。『人間万事塞翁が馬』という言葉があります。
貴兄の場合には、仮に今まで幸せが薄くて苦労をされたとお考えに
なっては困ります。反対に思いのままに来ていたら、とんでもない
人間になっていたかも知れないのです。不如意なことがあって、人
の影や薄いところを知ることが出来て、幸いであったかも知れませ
ん。これからは その経験や知識を持って誤ることのない道を歩む
ことが出来ましょう、それこそが幸せです。

私は特別に優れている霊能者の方のご縁や、特別な行法を会得して
いる訳ではありません。ごく普通ですが、朝 太陽に向かって「至真
至誠 一心奉祷 神通自在 神力深妙 感応速通 如意随願 決定
成就 無上霊法 神道加持 太元元気 玄妙至真 至誠妙諦」(しし
んしせい いっしんほうとう じんつうじざい しんりきしんみょう
かんのうそくつう にょいずいがん けつじょうじょうじゅ むじ
ょうれいほう しんとうかじ たいげんげんき げんみょうししん
しせいみょうたい)と念じ『神光(かむこう)』を自己の生命に頂け
るようにしています。この時の姿勢は背骨を正すことです。

自己の生命を清新にすることによって、全ての活動が始まります。

1674 名前:ふうせん :09/12/20(日) 12:15 (無題) 
ご親切な対応深く感謝申し上げます。お話を頂きまして目の前が明るくなった次第です。ノートにとって日々読み返し心に栄養をつけたいと思います。「生命を清新にする」神様でも無い限りできることでは無いと、思いますが心の糧に胸に刻んで大切にしたいと思います。本当に有り難うございました。因みに私は、座高が高くて若いときから猫背です。医者は治らないといいました。

1675 名前:鎌倉とんぼ :09/12/20(日) 15:47 (Re: 無題) 
ふうせん様

いろいろな宗教で、いろいろな形容をもって説かれていますが、そ
の要旨の一つには“生き様”と言うことにあります。決して恵まれ
ているとは言えない「因」であっても、その生き様を善なものにする
ことによって良い「縁」に触れることができ、結果として良い人生を
歩むことが出来ます。因縁とは始めから定まっているものではなく、
人智を越えたところの為せる業ですから、自己を守護して下さって
いる力を信じ、「生命を清新にする」意識をもって歩んで下さい。
より素晴らしいお幸せをお祈りします。

1676 名前:ふうせん :09/12/21(月) 12:57 (無題) 
鎌倉とんぼ様

お世話掛けております。またおたずねですが、稲荷様を、お返しした後、友人、知人が・10人位離れまして、そばにいる一人の方が「稲荷様のいない神様はない」と言われまして、その方も、毎朝あれこれ神様を呼んでいてその中に稲荷さんも入っているそうです。2年ぐらい前の事ですが、この方の隣の空き家が火事になりまして全焼しました夜中の放火でした。この方の家は隣との塀もなく木造の今にも崩れそうな古い家でしたが。何処も焼けないで消防の放水で、畳に水が入ってきただけでした。この方は稲荷様が2・3軒先にありまして、最近家に呼んでお祓いしてたそうで、それで助けられたと、感謝してます。私はこの方から離れた方が良いですか。又直経15センチ位の水晶玉を以前買いました。見えない傷があるのでおまけします。安く買いましたがこれも捨てた方が良いのですか。仏像の写真も、たくさん持っていましたが全部捨てました。。大黒様や恵比寿様の置物も当時買った物なので捨てた方がよいですか。聞くところが、無くて困っていました。お世話掛けますが宜しくお願いもうしあげます。

1677 名前:鎌倉とんぼ :09/12/21(月) 17:19 (Re: 無題) 
ふうせん様

よく耳にすることですが<<あれこれ神様を呼んでいて・・・>>
神様を呼ぶ、或いは呼び出す・・・などと言われることがありますが、
人が神様を呼び出すなどと言うことは、私には考えられません。
「神様に通じるように祈る」と言うことは出来ますが、神様を呼び出
すと言うことは、普通では難しいことでしょう。称名と言うように
神仏の御名を読み上げたり、お唱えすることはあります。この場合
神様を呼び出すとは、あるいは神様の眷属と交渉が持てると言うこ
とではないのでしょうか?眷属の多くは動物、畜生霊ですが。

特に金品を要求されたり、不愉快なことが無ければ無理にご縁を切
ることもないとは思いますが、具体的にお目に掛かったわけではな
いので、これ以上のことは申し上げられません。その他の事柄も自
然の時の流れに、一時期は任されたら如何でしょうか。消えるもの
は消え、続くものは続くでしょうし、新たに善い縁も出てくるかも
知れません。

もっとも留意することは“焦り”です。焦ってはいけません。

1678 名前:ふうせん :09/12/21(月) 21:39 (無題) 
鎌倉とんぼ様

よくわかりました。しばらくは、神光の祈りを覚えることにします。あとのことは、時の流れに任せて眼の前の事をしっかり生きて行こうと思います。本当に助けられた思いです。お訊ねしたいこと山々ですが、焦らないで自分を少し中身を育てることに努めます。何のお礼も出来ませんが、お付き合い頂きましてありがとうございました。

1679 名前:鎌倉とんぼ :09/12/22(火) 08:38 (Re: 無題) 
ふうせん様

ご多幸をお祈りいたしております。
神様は、本当に必要な時にはアチラからお声をかけて下さいます。
必要なことは、そのお声を聞き逃さないように誠心に活きることです。

どうぞ素晴らしい人生をお築き下さい。

1686 名前:ふうせん :10/01/11(月) 09:13 (無題) 
鎌倉とんぼ様昨年同様今年も宜しくお願い申しあげます。
神様を信心する時、あちこち歩かないで一つに決めて歩かないと惑わされるとききます。又通りすがった神様を無視したので、その先で、事故にあったのだとのことも、ききます。一つのお堂に入ってもそこには、いろんな神仏が、まつられています。矢をよろずの神といいますが、一つだけ決めて拝むのは、難しいように思いますがどうすればよいのでしょう。

1687 名前:鎌倉とんぼ :10/01/11(月) 11:23 (Re: 無題) 
ふうせんさま、こちらこそ 本年もよろしくお願いいたします。

さて、お尋ねのことですが、日本はイスラム世界ではありませんか
ら、唯一絶対の一神をのみ信仰すると云うことはありませんし、通
常は求めてもおりません。通常は・・・と申しますのは、特殊神事や特
定の新興宗教には、一座の神などを祀り、拝むことを求めることがあ
ります。しかし、これらは一般論の外のお話しといたします。
旧い神社にも相殿と言って、二柱以上の神々を社殿に祀っているこ
とが少なくありませんし、春日神社、住吉神社などなどは複数の神
をそれぞれの社殿にお祀りして、一つの神社としています。
仏教でも、阿弥陀三尊などなど沢山の仏様を一緒にお祀りしています。
前にも書き込んだと思いますが「三科祓」には『天に現れます神光(かみ) 
一万千五百二十神 地(くに)に鎮まります神霊(かみ)一万千五百二十神
人に影の如く随う(神霊は)毛の先 毛の根に百億四万二千二百六十四神』
と説いています。これは一つ二つと数えた数字ではなく、それだけ
多くの神々の御守護があって活きているのだ、という教えです。
信仰は大切ですが、拘りは時として妨げや迷いにもなりますから弁
えが大事です。

1688 名前:ふうせん :10/01/12(火) 13:14 (Re^2: 無題) 
鎌倉とんぼ様
よくわかりました。地球上の存在すべてが神のもとにある者と考えて人間として日常生活礼儀正しく暮らす事が基本になると改めて思いました。神社やお堂も こだわらず自然に挨拶として手を合わせて参ります。大変お礼申し上げます。有り難うございました

1689 名前:ふうせん :10/01/19(火) 20:07 (無題) 
鎌倉とんぼ様。お世話になっております。お正月に観音様の
御札を神明様においてきました、3年仏壇に起きましたが、古くなったからとかたづけたのですが、神明様は神様です仏壇に、おいた観音様ですが、神様でも、どちらでも良いと聞いていましたので近くにある神明様に仏壇においた観音様をおいてきました、私は又失敗をしてしまったのでしょうか、何もなければよいと心配です。すっかり、お世話になっております。宜しくお願いいたします。

1690 名前:鎌倉とんぼ :10/01/20(水) 08:25 (Re: 無題) 
ふうせん 様

ご存知のように、神仏分離とは明治以降のことです。
仏像を置いてきたというなら、少々考えないといけませんが、お札
でしたらご心配は要りません。ただ、丁寧にということを考えます
と、頂いてきたお寺などにお返しすることが最善です。これも遠隔
地で困難とと言うこともありますからご参考までです。
神前読経などのお祀りもありますからご安心下さい。

1691 名前:ふうせん :10/01/20(水) 23:10 (無題) 
鎌倉とんぼ様。ありがとうございます。これから遠方から取り寄せないことにいたします。いつも思って居ることをお訊ねします。神社やお寺さん、小さなお堂などたいてい重石がおいてありますお賽銭をして悩み事を聞くことが出来ますが、当たることもあります。このようなことに鎌倉とんぼ様はどのようにお感じになられますか。ご意見をお伺い申し上げます。

1692 名前:鎌倉とんぼ :10/01/21(木) 09:21 (Re: 無題) 
>神社やお寺さん、小さなお堂などたいてい重石がおいてあります
>お賽銭をして悩み事を聞くことが出来ますが、当たることもあり
>ます。

おみくじの一つでしょうか?
同じことを何度も重ねるといけないと聞きます。

心を鎮めてなさることには障りはないと思います。

1693 名前:ふうせん :10/01/21(木) 20:10 (無題) 
鎌倉とんぼ様有り難うございます。おみくじではありません重石
を持ち上げて占います重いか軽いかで判断します。息子ですが丈夫でないほうで好きなな仕事にも就けず持病でイライラ自分が疲れるときがあるようです。神様を全く信じない性格で強く生きてほしいと切に思います。何とか神様に手を合わせるようになってほしいのですが、、、アドバイスをいただければ幸いに思います勝手が違いまして申し訳ありません。

1694 名前:鎌倉とんぼ :10/01/22(金) 07:51 (Re: 無題) 
>>おみくじではありません重石を持ち上げて占います重いか軽い
>>かで判断します。

失礼しました、判ります。<おみくじのようなココロ>という意味
で書きました。一つの占い事ですから、幾度もやっては不味いでし
ょうと言うことです。「易経」にも「再三すれば穢れる」という意味
の文言があります。

鎌倉地方には あまり目にしません。忘れられてしまったのかも知
れません。

1695 名前:ふうせん :10/01/22(金) 23:55 (無題) 
鎌倉とんぼ様
改めて神様に、背筋を吊り上げられているような思いです。ご親切な対応感謝申し上げます。

1696 名前:ふうせん :10/01/23(土) 20:25 (無題) 
鎌倉とんぼ様仏壇のことですが、ひとからもらってもよいものですか。夫の仏壇が小さかったので半間ある大きな仏壇が実家で捨てることになって、もったいないと思いかえました霊能者に後で聞きましたら「貸家に入ってる」と言われました宜保愛子さんの本を読んで、塩で清めればよいとありましたのでかえました。夫の仏壇は仏壇屋さんに壊してもらいお坊さんに焼いてもらいました。仏壇の意味「ただの箱」とも聞きます。お位牌を見る方が大切とも聞きます。今更何かすっきりしません。鎌倉とんぼ様の見解でご意見宜しくお願いいたします

1697 名前:鎌倉とんぼ :10/01/24(日) 09:31 (Re: 無題) 
ふうせんさん

>>宜保愛子さんの本
○木ナントカさんも同様ですが、いい加減なことが多すぎます。そ
して、それが正論として流れることが心配です。

結論から申し上げますと、御実家の仏壇を頂いてきて問題はありま
せん。ただ、塩で清めると言うことは問題です。仏壇は漆塗りです
が、本漆でない場合などには時として塩などを直に振りかけて、そ
のまま時間が経過すると変色などのこともあります。
一度、柔らかな布でから拭きをして、その後に御宗旨の僧侶に読経
をお願いして下さい。普通の人が塩をまいて浄めることは、もっと
些細なことです。
仏壇は、ただの箱ではありません。お祀りする対象(御本尊や位牌な
どなど)を納め安置する聖なる場であります。モノには道具としての
意味を越えた人の想いというモノが重なります。
大事にお祀り下さい。

1698 名前:ふうせん :10/01/24(日) 17:45 (無題) 
鎌倉とんぼさま。ありがとうございました、お陰様で安心いたしました。おしゃるとうり塩で拭きましたので変色しています。
ちょっと大きい神社で1万円でお払いしていただきました。が、悩み事はなかなか良くなりません。お払いについてどのような理解が必要ですか。お世話様です。 

1699 名前:鎌倉とんぼ :10/01/25(月) 09:04 (Re: 無題) 
ふうせん様

>>塩で拭きましたので変色しています。
それが心配だったのです。
いい加減なことを書かれると、本当に困るのです。

お祓いですか。神職などの力量もあり、御祭神のこともあります。
今回のお話しは一般論ではお話しが出来ないことではないでしょう
か?具体的な事柄が判りませんとお答えのしようがありません。
お差し支えが無ければメールでも下さい。

                    

1702 名前:ふうせん :10/02/01(月) 22:25 (無題) 
鎌倉とんぼ様よろしくおねがいもうしあげます。
お塩の使い方ですが、神棚に上げたり下駄箱に盛り塩をしたときのお塩は家の周りにまいたりトイレや流し台にまいたりしますが調理に使ってもかまいませんか。神棚も厄よけのためなのでしょうか。お塩はすべて厄よけの意味で使われているのでしょうかお塩の意味がよくわからず見よう見まねで過ごしてましたが。お世話様です。

1703 名前:鎌倉とんぼ :10/02/02(火) 08:12 (Re: 無題) 
ふうせん様

神棚に供えた塩は調理に使われて結構です。神道の一つの柱には神
人共食(しんじんきょうしょく)と言うことがあります。いわゆる直
会(なおらい)と同じようなこと=厳密には多少異なります=です。
供えた酒などを祭員や参列者が頂く「直来」があります。その意味で
調理に使われて悪いことはありません。
下駄箱などに“盛塩”をなさって居られるようですが、これはお浄
めとは違います。玄関などに盛塩をするのは、古代の中国で或る皇
帝が沢山居る側室のところに泊まるのに、牛に乗って側室が住んで
いるところを廻り、その牛が止まったところに泊まることにしまし
た。これは側室同士が皇帝の寵愛を狙って面倒な諍いを起こさない
ようにするためでした。その側室の中に一人、農村出身の女性が居
て、牛は塩をなめないと健康を損ねることから、塩を欲しがる性質
を知っていて、自分の住まいの門口に塩を盛ったのです。案の定、
皇帝を乗せた牛はそこで止まって塩をなめますので、皇帝はその側
室のところに泊まり、側室は大いに寵愛を受けたと言う故事になら
って、水商売の門口に塩を盛って客寄せを願ったのです。
普通のお家の門口に塩を盛ることは意味が違います。

1705 名前:ふうせん :10/02/02(火) 11:40 (無題) 
鎌倉とんぼ様お世話様です。盛り塩は中国の故事にあやかっていわゆる客寄せのある意味縁起担ぎのようですが宜保愛子さんの本では盛り塩を部屋の4隅において魔よけになるとのことで盛り塩は魔よけと思っております。お塩良きにつけ悪しきにつけ神仏に深くっかかわっている事。なおさら大切に使いますありがとうございました。

1707 名前:鎌倉とんぼ :10/02/02(火) 15:31 (Re: 無題) 
ふうせん 様

盛り塩が魔除け云々というのは、塩がなぜ、浄めなのかと言うこと
からお話し無いといけないようですね。

その昔、潔斎、浄めというのは海に出て海水を用いるのが最善だと
されました。しかし、度々海に行くことは今日でも大変ですから、
昔はもっと大変でした。そのために海水を汲んできて桶などに保存
しておき、浄めに使っていました。そのうちに海水が蒸発をしてし
まって、後に塩が残ることになり、その塩でもって浄めをするよう
になったのです。
魔除けと申されますが、その様に魔が多いところにお暮らしなので
すか。

1715 名前:ふうせん :10/02/04(木) 23:26 (無題) 
鎌倉とんぼ様。お世話掛けまして恐縮です。天井に雲と書いてはった方がよいのでしょうか。魔が多いところと言われますと確かに変ですが一般敵に使われている言葉なので当たり前のように思っておりました。生き霊が憑いているとか霊能者に言われたり眼に見えないのでつい信じてしまいますがすべてが潔斎、浄めに意味があることがよくわかりました。大変勉強になりました。お祓いで願いがかなう者でもないとおもいますが、お祓いについて一言ご教示願います。この度はご迷惑掛けました。

1716 名前:鎌倉とんぼ :10/02/05(金) 07:47 (Re: 無題) 
ふうせん様

>>天井に雲と書いてはった方がよいのでしょうか。
これはマンションやアパートで階上に他人が住んでる場合や、自宅
でも、神棚の上に当たる部分に人が通るなどの場合にすることがあ
ります。風呂やトイレなどの場合には神棚を設けません。

霊能者云々のお話しは、その方を直接 存じ上げませんので何とも
言えませんが、“魔”の話が気になるのでしたら、部屋に桃の実を
三つ置かれるがよろしいでしょう。これはイザナギ、イザナミの黄
泉の国のお話しを読んで下さい。

1719 名前:ふうせん :10/02/05(金) 23:03 (無題) 
鎌倉とんぼ様ご指導有り難うございます。黄泉の国読ませていただきました。疑問がすべて解消されました。オオカムズミの命、大神の実の命、ですね。お祓いはイザナギの神が水につかり浄化され精神が、3つの禊ぎに目覚めること。千引きを挟んで交わされる会話のやりとり等とても勉強になりました。



1723 名前:ふうせん :10/02/17(水) 22:30 (無題) 
鎌倉とんぼ様お世話様になります。以前午前11時同じ時間にふつか続いて、敷居のあたりを茶色と黄色の様な毛羽だってしっぽ長く現実に見えない者を見てしまいました。あれはどうなって見えたのか正体は何だったのか。押し入れからシャッターをきる音がしたり、そのあたり思い道理になってたり気持が疲れて少し休みたいと思ったら入院してしまいまして働けなくなり無職が10年続いています。稲荷様のいないかみさまはないとかききます。天照大神様にも明神様にも時々お参りにいきますしとりわけ明神様はお金を要求されます。お金のないひとは集れないようなかんじです明神様はお金の神様でお金を巻かないと入ってこないと教えます明神様の本元は何処の神社様でしょうか又稲荷様もいますか。率直にお伺い申し上げます。

1725 名前:鎌倉とんぼ :10/02/18(木) 10:52 (Re: 無題) 
ふうせん さま

>敷居のあたりを茶色と黄色の様な毛羽だってしっぽ長く現実に見
>えない者を見てしまいました。あれはどうなって見えたのか正体>は何だったのか。押し入れからシャッターをきる音がしたり、何で
しょう?

お書き込みだけからは、「キツネ?」と感じますが、貴方の生活環境
などを伺いませんと軽々には断定できません。しかし、ご不快な感
じがなされなければ、しばらく触れないでおいたら如何でしょうか。
私も、以前、鎌倉で鹿を見せられたことがあります。鎌倉には鹿は
いません(笑)

>とりわけ明神様はお金を要求されます。お金のないひとは集れな>いようなかんじです明神様はお金の神様でお金を巻かないと入っ>てこないと教えます明神様の本元は何処の神社様でしょうか
「明神」とは、神仏習合から広く使われるようになった名前で、もと
は“ご威光の明らかな神”という意味で、次第に『延喜式』の制度
上の「名神」と混同されるようなりました。天皇は「明きつ神」です。
更に時代が進んで「名神」だけが使われないようになり現代にいたって
います。
お金云々は判りません。しばらくは神社などへの参拝を控えられた
ら如何でしょうか。

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