【神さまのぶらんこ】 [鎌倉とんぼのページ]

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     1838 障り - 慈尊 14/05/29(木) 11:28
     1839 Re: 障り - 鎌倉とんぼ 14/05/29(木) 13:48
     1840 Re^2: 障り - 慈尊 14/05/31(土) 17:56
     1841 Re^3: 障り - 鎌倉とんぼ 14/05/31(土) 20:33
     1842 無題 - 慈尊 14/06/01(日) 00:08
親記事
[1838] 障り 14/05/29(木) 11:28  
      慈尊          

鎌倉とんぼ様のコメントに

> 何よりも大切なのは「続けられる」ことでしょう。
> たいそうに構えてもソレこそ三日坊主では却って障りにもなりかねません。

とありました。

「障り」についておしえてください。

1. 神仏を祀ったのにかかわらずそのまま放置すると「障り」がある、と考えてよいでしょうか?

2. そのほかどんな時に「障り」は起こるのでしょうか?

3. どのようなことを(どのようなことが起こることを)「障り」と言うのでしょうか?

4. 「障り」を人間に与えているのは神仏でしょうか?(どんな目的で?)

ご教示お願いいたします。

[1839] Re: 障り 14/05/29(木) 13:48  
      鎌倉とんぼ          

慈尊 様

これは難しい問題です。
総論的に捉えるか、各論、個別な事例として論じるかによって
異なってきます。

総論的にお話しをすれば基本的には“神仏は人に障らない、
祟らない”と言うことです。例えば「神仏を祀ったのにかかわらず
そのまま放置すると「障り」がある」と言うことですが、神仏から
ご覧になると、人間とは飽きやすく欲深く身勝手なモノ」です。
それら煩悩、執着などを離れ解脱を果たし悟りを開かれたのが神仏
です…神仏のはずです。一つの喩えとして、子が親に悪態をつき金
などをかすめて家を出て行ったとします。親は当座は怒るでしょう
が、何日も帰ってこないと心配になり、身を案じ、子が帰ってくれ
ば安堵するでしょう。。。それから怒るかも知れませんが。
神仏へのお祀りが途絶えたとか、忘れられたからと言って、その人
の行く先に難をもたらすものではありません。

個別的に「障り」「祟り」などとされるのは、一つにはその人の因縁が
あります。稀な例ですが、生まれながらに善からぬ因縁を受けてし
まっていたり、その生き様のなかで好ましくない因縁に染まってし
て守護神や守護霊の加護が薄れてしまうことです。
これらは自身の道を見つめ直し、守護神を祀り、守護霊の供養をつ
とめることが最善です。

[1840] Re^2: 障り 14/05/31(土) 17:56  
      慈尊          

鎌倉とんぼ様

「神仏が障るということはない」というお話。
ご教導をありがとうございました。

一般的に言う「障り」とは、例えばお祀りしたお宮や神棚を放置した
場合を例にすると、
縁ある霊がそういう怠惰や不信心を(怒って?)正そうとして何かが起こることを言うのかな
と思い至りました。

それがその人には不幸のような形で現れるので、「障り」「祟り」は恐いということでしょうか。

こちらがそれに気がついて、縁ある霊的存在に真心で礼を尽くし自分を正せば「障り」はなくなるというふうに考えられますでしょうか。

[1841] Re^3: 障り 14/05/31(土) 20:33  
      鎌倉とんぼ          

慈尊様 

一言で申しあげれば、神仏の障りや祟りなどは根源的には
その人自身の“業”によるものです。

その“業”を見つめ、それと向き合うことで大方の障りや
禍とされるモノから脱却することが出来ます。

それが“祈り”であり“信仰”です。

[1842] 無題 14/06/01(日) 00:08  
      慈尊          

解りました。
ありがとうございました。

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