【神さまのぶらんこ】 [鎌倉とんぼのページ]

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■纒向遺跡から 最新発言から読む

1772 名前:鎌倉とんぼ :11/01/23(日) 14:54 (纒向遺跡から) 
奈良県桜井市の纒向遺跡の一つの穴から、約十種類の魚や動物の
骨と約七十種類の植物の種が見つかり、過去には古代の遺跡から
これほど多様な骨や種が一度に見つけられた例はなく、古代祭祀
の供え物が埋められた可能性が高いとされました。
魚はマダイ、アジ科、サバ科やイワシ類にコイなどと見られる淡
水魚五種類で、動物はニホンジカ、イノシシ属(ブタを含む)とカ
モ科の鳥で、わずかにカエル類とネズミ類の骨が混ざっていたの
は、後年に自然に混ざったものと思われています。餌でも漁りに
潜り込んできたのでしょう。
植物は稲やあわなどの穀物、桃、ウリ類、ヒョウタン類、アサ、
エゴマなど十種類です。
この纒向遺跡は卑弥呼が治めた邪馬台国の有力候補地とされ、こ
の邪馬台国論は別にして古代から祭祀が執り行われてきた土地で
す。これらの供え物(神饌)を見て、思い浮かぶのは古くから伝え
られている祝詞の一説です。
『御酒(みき)は・・・・和稲(にぎしね)荒稲(あらしね) 山に住む物
は毛の和物(にごもの)毛の荒物(あらもの) 大野原に生物(おふる
もの)は甘菜(あまな)辛菜(からな) 青海原に住む物は鰭(はた)の
廣物(ひろもの)鰭(はた)の狭物(さもの) 奧(おき)つ藻菜(もは)
辺(へ)つ藻菜(もは)に至るまでに・・・・』とあります。
今日では鰭(はた)の廣物(ひろもの)とはマダイに代表され、鰭(は
た)の狭物(さもの)とは鮎や鯉に代表されますが、古代でも鯛や鯉
が供えられていたのです。古代では供え物を全て埋めるか、海や
川に流したと言われていますが、その言葉通りに穴から発見され
ました。直来(なおらい)という神人共食などのマツリはもう少し
代が下がってからのことでしょう。
神饌などを供える三宝に敷く紙には、以前は「西ノ内」という和紙
が多く用いられましたが、最近はもっぱら半紙が目に付きます。
この西ノ内版の和紙は折って一般的な八寸三宝に敷くと、折り端
が綺麗に立ち上がって都合が良かったのですが、西ノ内版の和紙
が手に入りにくいのが現状です。この西ノ内版を半分に切った和
紙が「半紙」です。西ノ内版とは、曲尺寸法で一尺六寸×一尺一寸
になっていて黄金分割にもつながる数値が面白いところです。
西ノ内和紙とは、現在でも茨城地方で漉かれている和紙で水戸光
圀が奨励したとも伝えられ、「大日本史」はこの西ノ内和紙に書か
れていました。

1775 名前:山桜 :11/03/04(金) 21:13 (Re: 纒向遺跡から)→ Home
>>1772

ずっと昔から、今のご馳走、山海の美味をちゃんと知っていたのですね。
豊かな自然に恵まれていながら、外国からの輸入品ばかり食べねばならぬ
(政治的問題で?)現代よりも、ずっと健やかで豊かな御膳です。

和紙に墨で書かれた古文書は残っても、コピー用紙にインクジェットで
印刷された文字や電書は、あっという間に消えてしまいそうです。

1776 名前:鎌倉とんぼ :11/03/05(土) 08:25 (Re^2: 纒向遺跡から) 
墨は消えませんが、「墨汁」は消えてしまいます。
昔、晩年ですが父が不精をして素焼きの骨壺に墨汁で書いていて
時期があって、後年、機会があって取り出したらナンにも書かれ
ていない状態で出て来て、あらためて墨の威力に驚かされました。

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