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1848 節分 (Res:2) 最新発言から読む

1848 名前:慈尊 :15/02/03(火) 11:43 (節分) 
鎌倉とんぼ 様

お元気ですか。
いつも、ありがとうございます。

今日は節分ですが、
神社もお寺も「節分祭」を行っています。
私は自宅で豆まきをします。
神道でも仏教でもない日本の伝統的イベントでしょうか。

そこで、2月3日節分の意味や由来、意義を知りたくなりました。
よろしく、ご教示ください。
また、節分の日に一般人の私達がやるべき正しい作法があったら教えて下さい。(神棚に対してや先祖に対してなど、祈り言葉(祝詞?)など)

鎌倉とんぼ様ご自身は、どのようにされているかも合わせて教えて頂ければ幸いです。

1849 名前:鎌倉とんぼ :15/02/08(日) 11:17 (無題) 
慈尊さん、こんんちは。
お陰様で元気に過ごさせて頂いております。
あなた様は如何ですか。
節分ですが、文字通り季節の節目の意味ですから、立春・立夏・
立秋・立冬の前日が節分になります。今日では立春の前日がそれ
に充てられています。基本的には宮中行事として伝えられたもの
で「延喜式」には五色に塗った土偶と土の牛をそれぞれの門に飾っ
たと記されています。上古は黄泉の国の神話にもあるように桃の
実や桃の枝で追儺をしていたものが、室町時代頃に炒った豆を使
い「鬼は外 福は内」のような言葉を言うようになったされ、鞍馬
山の鬼に三石三升の炒り豆を打ち付けて目をつぶして難を逃れたと
される故事伝説が始まりとされます。
私は一升枡に炒り豆を入れて神前に供え、仏前には白紙で折った
三宝に炒り豆を供えます。日没少し前に豆を撒きます。
祝詞は月次祭の祝詞の日にちを当日にして「節分会」を加えたもので
す。
私達がやるべき正しい作法>>特には無いと思います。恵方巻きと
いう食べ物も近年に広まったものですね。
私は古くから「恵方符」というものを御希望の信者さんにお渡しし
ています。...
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1847 鶴岡八幡宮のぼんぼり祭 (Res:1) 最新発言から読む

1847 名前:鎌倉とんぼ :14/08/06(水) 21:52 (鶴岡八幡宮のぼんぼり祭) 
平成26年の鎌倉 鶴岡八幡宮のぼんぼり祭をアップしました。【http://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000091699597&owner_id=188379

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1830 新著のご案内 (Res:7) 最新発言から読む

1830 名前:鎌倉とんぼ :14/02/14(金) 12:48 (新著のご案内) 
新著『墓相 よい墓のたて方・まつり方』が出来ました。図版や写真を多く載せ、Q&Aも15項目ほど載せ、これからの墓のたて方、あり方と供養のことなどを判りやすく説きました。是非ご高覧下さい。

      定価 1600円+税
 
発行  戎光祥出版株式会社(えびすこうしょう)

   〒102-0083  東京都千代田区麹町1−7
             相互半蔵門ビル 8階
         
             電話 03−5275−3361
             FAX 03−5275−3365
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1921610218&owner_id=188379

1832 名前:慈尊 :14/05/01(木) 15:13 (無題) 
執筆されていたのですね。購入します。

1834 名前:鎌倉とんぼ :14/05/02(金) 11:25 (Re: 無題) 
>>1832
> >執筆されていたのですね。購入します。

ありがとうございます。

1843 名前:慈尊 :14/06/01(日) 17:14 (無題) 
Q&Aが付いていて、読みやすかったです。墓相に特化した内容なのですね。水子供養の方法についても書かれていて興味深かったです。

前著「故人がよろこぶ 墓と供養」では、供養の本質についても書かれていました。こちらも勉強になりました。

鎌倉とんぼ様の設計する五輪塔はとても美しいものですね。

1844 名前:鎌倉とんぼ :14/06/02(月) 08:38 (Re: 無題) 
慈尊 様

恐縮です。
ありがとうございます。

今日は“供養”という概念が寺や僧の手を離れて葬儀社や石材店の
営業になってしまっています。寺も指定業者などと言う看板を石屋
に売り渡しましたので、墓石や供養塔等の彫刻加工技術が消滅した
と言える現状です。「墓相」の墓となると三割から五割近くをふっか
けた見積を出す業者も少なくありません。その場合には私が直接に
なぜこの金額になるのか尋ねます。酷い業者は「墓地に階段がある」
等と言い出しますので「オタクは(石を)階段一段上げるのに幾らとる
のですか?」とイヤミを言わないとならないこともあります。

石は基本的には才数×単価と加工料です。「才単価は幾らなのですか」
と詰めれば大方は見積を組み直してきます(笑)

遺骨の処理方法と供養を混同させるような論理が横行しています。
一つには仏教が救済、祈りの道から芸術、美学の道にハンドルを切り
つつあるのも気になります。心の教えを大切にして欲しいモノです。

1845 名前:山桜 :14/06/05(木) 19:26 (お久しぶりです^^) 
鎌倉とんぼさん、こんばんは。 

新著のご上梓、おめでとうございます!
楽しみにしておりましたのに、気付くのが今頃になってしまい、
失礼いたしました。
早速取り寄せて拝読したく存じます。

生活仕様の変化でなかなかネット交流に参加できずにおりますが、
お蔭様で家族そろって、元気に暮らしております。

気候不順の折柄、お身体大切になさってくださいませ。

1846 名前:鎌倉とんぼ :14/06/06(金) 06:54 (Re: お久しぶりです^^) 
山桜さん、お元気ですか。

お書き込みを頂いて嬉しいです。

ありがとうございます。

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1838 障り (Res:5) 最新発言から読む

1838 名前:慈尊 :14/05/29(木) 11:28 (障り) 
鎌倉とんぼ様のコメントに

> 何よりも大切なのは「続けられる」ことでしょう。
> たいそうに構えてもソレこそ三日坊主では却って障りにもなりかねません。

とありました。

「障り」についておしえてください。

1. 神仏を祀ったのにかかわらずそのまま放置すると「障り」がある、と考えてよいでしょうか?

2. そのほかどんな時に「障り」は起こるのでしょうか?

3. どのようなことを(どのようなことが起こることを)「障り」と言うのでしょうか?

4. 「障り」を人間に与えているのは神仏でしょうか?(どんな目的で?)

ご教示お願いいたします。

1839 名前:鎌倉とんぼ :14/05/29(木) 13:48 (Re: 障り) 
慈尊 様

これは難しい問題です。
総論的に捉えるか、各論、個別な事例として論じるかによって
異なってきます。

総論的にお話しをすれば基本的には“神仏は人に障らない、
祟らない”と言うことです。例えば「神仏を祀ったのにかかわらず
そのまま放置すると「障り」がある」と言うことですが、神仏から
ご覧になると、人間とは飽きやすく欲深く身勝手なモノ」です。
それら煩悩、執着などを離れ解脱を果たし悟りを開かれたのが神仏
です…神仏のはずです。一つの喩えとして、子が親に悪態をつき金
などをかすめて家を出て行ったとします。親は当座は怒るでしょう
が、何日も帰ってこないと心配になり、身を案じ、子が帰ってくれ
ば安堵するでしょう。。。それから怒るかも知れませんが。
神仏へのお祀りが途絶えたとか、忘れられたからと言って、その人
の行く先に難をもたらすものではありません。

個別的に「障り」「祟り」などとされるのは、一つにはその人の因縁が
あります。稀な例ですが、生まれながらに善からぬ因縁を受けてし
まっていたり、その生き様のなかで好ましくない因縁に染まってし
て守護神...
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1840 名前:慈尊 :14/05/31(土) 17:56 (Re^2: 障り) 
鎌倉とんぼ様

「神仏が障るということはない」というお話。
ご教導をありがとうございました。

一般的に言う「障り」とは、例えばお祀りしたお宮や神棚を放置した
場合を例にすると、
縁ある霊がそういう怠惰や不信心を(怒って?)正そうとして何かが起こることを言うのかな
と思い至りました。

それがその人には不幸のような形で現れるので、「障り」「祟り」は恐いということでしょうか。

こちらがそれに気がついて、縁ある霊的存在に真心で礼を尽くし自分を正せば「障り」はなくなるというふうに考えられますでしょうか。

1841 名前:鎌倉とんぼ :14/05/31(土) 20:33 (Re^3: 障り) 
慈尊様 

一言で申しあげれば、神仏の障りや祟りなどは根源的には
その人自身の“業”によるものです。

その“業”を見つめ、それと向き合うことで大方の障りや
禍とされるモノから脱却することが出来ます。

それが“祈り”であり“信仰”です。

1842 名前:慈尊 :14/06/01(日) 00:08 (無題) 
解りました。
ありがとうございました。

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1831 神棚のお米お塩お水 (Res:5) 最新発言から読む

1831 名前:慈尊 :14/05/01(木) 15:08 (神棚のお米お塩お水) 
ご教示お願いします。

家庭や職場の神棚にお供えする米塩水ですが、お供えするのは朝で、下げるのは夕方でしょうか? それとも翌朝に取り換える時に前日のお供えを下げればよいのでしょうか?
私の祖母は、夕方暗くなったら下げていたように思い出します。
-----------------

また「毎日取り換えるのはお水だけでよい。1日15日にお米とお塩と榊を取り換える」と聞いたことがあります。正しい作法をご教示ください。
----------------

さらに、お酒はいつお供えするものでしょうか?こちらも正しい作法がありましたら、おしえてください。

特に決まりがないようでしたら、鎌倉とんぼさんの普段のやり方を
おしえて頂けますか?倣いたいと思います。

1833 名前:鎌倉とんぼ :14/05/02(金) 11:24 (Re: 神棚のお米お塩お水) 
慈尊 様

ご神前やご家庭の神棚にお供えする米塩水をご存知でしょうが「日供
(にっく)」と呼んでおり、これは毎日、供えることからです。大きな
神社(旧官幣大社など)では毎日“朝御饌(あさみけ)”と“夕御饌(ゆ
うみけ)”がお勤めされていることになっていて、朝御饌は午前8時
頃に、夕御饌は午後2時頃になされています。伊勢神宮の「御饌の儀」
が有名です。

普通には、朝にお供えをして夕方に下げるのがよろしいと思います。
御神酒については一日と十五日に替えられることをお勧め致します。

今は朝にご飯を炊く家庭が少なくなりましたが、炊いたご飯を御仏壇
に供えて、夕方に下げて主婦が頂くのが普通でした。

1835 名前:慈尊 :14/05/15(木) 12:39 (無題) 
ご教示ありがとうございました。
さらにご教示お願いします。

毎朝、お榊の水と米塩水を取り換えるのは、朝の忙しさの中では「時間がかかるなあ」と感じていたものですから、今は毎朝お榊と神棚のお水だけを取り換えています。そして、1日と15日には米塩水とお神酒を上げています。

お水だけなら毎日続けられます。毎朝続けられて、毎朝神前に向かえるので自分にとってはよいやり方に思えます。

今まではお榊の水と米塩水を毎朝やろうとしていました。でも「今日はいいや」とおろそかにすることも多かったのです。朝は時間がないからです。神事ですからやるなら丁寧にやりたいし、でも忙しいのに時間がかかるので、いつも「まあいいや」にしていました。そのせいで神前に向かわなくなっていました。

鎌倉とんぼ様、できればこのお水だけ(榊の水の交換とお水をあげる)を続けたいのですがよろしいでしょうか。
神様事ですから正しい方法でやりたいと思います。ご教示願います。

1836 名前:鎌倉とんぼ :14/05/16(金) 10:41 (Re: 無題) 
慈尊 さま

結論から申しあげれば“結構”だと思います。
現代では日本人の食生活が変わってきて、必ずしも米食が中心では
無い家庭が多くなっています。

ただ“水”は命の糧であり、無くてはならないものです。
その意識を持ってお勤め下されば幸いです。

何よりも大切なのは「続けられる」ことでしょう。たいそうに構えても
ソレこそ三日坊主では却って障りにもなりかねません。

                      鎌倉とんぼ

1837 名前:慈尊 :14/05/29(木) 11:06 (無題) 

水は「命の糧」「無くてはならないもの」であること。
心に納めておきます。

鎌倉とんぼ様から「結構」のお言葉を頂戴し安堵しました。
ありがとうございました。

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1829 鶴岡八幡宮のぼんぼり祭 (Res:1) 最新発言から読む

1829 名前:鎌倉とんぼ :13/08/11(日) 07:09 (鶴岡八幡宮のぼんぼり祭) 
鎌倉 鶴岡八幡宮の「ぼんぼり祭」をアップしました。【http://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000085808710&owner_id=188379

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1828 大船フラワーセンターのハス (Res:1) 最新発言から読む

1828 名前:鎌倉とんぼ :13/07/13(土) 14:07 (大船フラワーセンターのハス) 
鎌倉市の大船フラワーセンターでのハスの花の鑑賞会をアップしました。ここの「アルバム」です。【http://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000085098861&owner_id=188379

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577 菅原道真公の子供と墓 (Res:21) 最新発言から読む

577 名前:鎌倉とんぼ :01/07/31(火) 13:34 (菅原道真公の子供と墓)→ Home
 少し前に「名墓録」に菅原道真が入っていないと、或る神道
人からご指摘を頂きました。「名墓録」を作成しはじめた頃に
は、「墓」の概念をどうしようかと正直迷いました。遺骨なり
遺骸が埋葬されている処、もしくはその伝承地及び寺院境内と
漠然と線引きをしましたので、神社関係は外していました。そ
うしないと、東郷神社や乃木神社、鎌倉宮なども範疇に入って
きてしまうことになると考えたからです。

 資料の整理が進むうちにそれらのこともケース・バイ・ケー
スで載せたり外したりになりましたが、太宰府天満宮は載せ忘
れていました。ところが、道真公の遺骨は太宰府だけではなく、
茨城県水海道市の大生郷天満宮にあり、鹿児島の藤川天神にも
塚が残されているとのご指摘でした。

 調べると成る程そのような伝承でした。ところがその過程で
面白いことも判りました。大生郷天満宮の伝承では道真公の【
三男 景行】が常陸の介に任官して、父君道真公の御遺骨をお
祀りしたことが創建としていますが、太宰府天満宮にある摂社
神子神社では、景行は【二男】として祀られております。

 また、い...
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1356 名前:t-kimura :06/03/20(月) 13:52 (無題) 
鎌倉とんぼ 様
 早速のご返事ありがとうございました。実は 2月の初めに いくつかのところへ 質問してみました。

 大宰府天満宮 「兼茂公は、飛騨権掾になられて、のちに常陸介など         をなさったようである。これ以上のことは、不明で         す。ただ、道真〜泉樹の系図は、尊卑分脈で確かだ         と考えられます。」
 高山市郷土館 「延長二年大和守に任ぜられて、飛騨を去った。とい
         ことまで判りますが、飛騨での足跡、その後の足跡         等はわかりません。」
 茨城県立歴史館「兼茂の常陸における足跡は調べた限りではありませ         ん。常陸の国司であったことは間違いないようです         が、遥任国司で京都にあり、目代を派遣していたか         もしれません。」
 奈良県(大和守)のあるところへ 尋ねてみましたが、ご返事をいた だけないままとなっています。私も県立図書館等でもう少し 調べて みようと思います。 どうも いろいろとありがとうございました。

1357 名前:鎌倉とんぼ :06/03/20(月) 19:00 (Re: 無題) 
t-kimuraさん

あまり お役に立てなくて申し訳ありません。
その土地の郷土史家の手許や、菩提寺などには過去帳などの資料が
残されていることがあります。

1497 名前:eno :06/11/19(日) 23:43 (泉頭四郎兵衛) 
t-kimuraさん、はじめまして。

「泉頭四郎兵衛」の情報です。
私は東京に住んでおりますが、親戚が「静岡県榛原郡川根本町千頭」に住んでおり、「泉頭四郎 兵衛」を詳しく調べております(現在も進行中)。その資料の抜粋です。

■「泉頭四郎兵衛」について
菅原道真が筑紫に配流されたおり、その子孫(泉樹)がこの里を開拓し、代々襲名して「四郎兵衛 」と称えておりました。今川氏より、二人扶持、駿河安西に郷屋敷を賜わり川根八箇村の郷司(今 の町村会長のようなもの)に任じられました(代々土地の人が郷屋敷を呼びならしたので、地名(泉 頭->千頭)になったようです)。
その後、徳川の甲斐攻めに兵糧を供し、恩賞として朱印状を賜わった。この朱印状は朝鮮使節か らの諸役を免除させたほどのものです。
その子孫の新三郎の代に、井川山論をめぐる訴訟では共同であった原田三七郎が出世欲にから れ幕府に讒言(偽って人を悪く言うこと)しました。この訴えはもとより原田三七郎が悪く、新三郎が 正しかった。しかし、全面勝訴ではなかった。六分の勝訴だったため、母の言うことにそむかず宝 永年間の初頭に家名断絶した。
以上が「...
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1498 名前:鎌倉とんぼ :06/11/20(月) 19:29 (Re: 泉頭四郎兵衛) 
enoさん、貴重な情報をありがとうございます。

感謝いたします。

1818 名前:yamasanae :13/01/18(金) 16:40 (菅原兼茂) 
>>1356
>  茨城県立歴史館「兼茂の常陸における足跡は調べた限りではありません。常陸の国司であったことは間違いないようですが、遥任国司で京都にあり、目代を派遣していたかもしれません。」

埼玉県史調査報告「東国八箇国国司表」(1987年 昭和62/11月、埼玉県県民部県史編さん室)に、「天慶元(938)常陸(前司)菅原兼茂 見(要略/1289)」との記載があるようです。
http://www.geocities.jp/npowaro/take-5-2.htm

1819 名前:鎌倉とんぼ :13/01/20(日) 07:40 (無題) 
yamasanaeさん、ありがとうございます。近年は埼玉県の史跡や歴史的な資料、施設に注目が集まっていますね。

1820 名前:しゃけ :13/02/28(木) 22:00 (お久しぶりです。) 
お久しぶりです。日本全国歴史的人物の墓を巡る旅の
管理人のしゃけです。お墓の定義は考えると難しい
ですよね。その方の遺骨・遺骸が眠っていることだけに
限定したとしたら、戦国時代までのお墓はほとんど対象外
になってしまいますもんね。私は供養塔でもOKとしています。
そうしないと中世のお墓巡りは成り立ちませんから。実際に
私が訪ねたお墓の中でもその人の遺骸・遺骨が埋葬されている
のは全体の1割にも満たないと思います。

1821 名前:鎌倉とんぼ :13/03/01(金) 11:17 (Re: お久しぶりです。) 
しゃけさん、こんにちは。
仰有るとおりに「墓」の定義や難しくなりました。埋葬地=墓という
概念が先行してしまって「祀り」「供養」と言う部分が希薄になってい
ます。そのために遺骨を撒くなどの散骨をすれば「墓」は不要だと言
う意識が広がりを見せてきています。日本は古代より遺骸は速やか
に自然界に戻し、その霊魂を祀るという意識が根底に流れています。
ただ、この意識も霊を認めないスタンスにあっては噛み合わない議
論になり、その理論に立てば供養も葬儀も無意味になってきます。
供養塔や供養碑なども墓に含めて問題が無いと思います。
貴兄の『日本全国歴史的人物の墓を巡る旅』は貴重な御資料だと
感服しております。大震災で東北地方の遺跡も流されたりで大きな
被害を受けておりますがご健闘をお祈りしています。

1826 名前:山石貝 :13/06/28(金) 08:22 (無題) 
昔の資料を読み返し確認していましたところ、こちらに行き着きまして菅家関連だったので幾つか記載させて頂こうと思います。
なお、メモ書き等からですので、出典等書き記してないもの、またあまり貴サイトと縁のない内容もございますのでご容赦を。

菅公の子たちですが、系図纂要では
高視 景行 菖風 滋殖 景監 寧茂 弘茂 兼茂 淳茂 淑茂
以上の順で記載いますが
長男:高視はあまり変動がないですが。
景行-太宰府天満宮摂社神子神社:二男 大生郷天満宮:三男
淳茂-出典忘:五男 出典忘:四男
兼茂-系図纂要:八男 出典忘:三男

上記で兼茂に関しては、系図纂要にて子孫の菅氏が元号・長享以降に菅三郎乃至〇〇三郎、三郎(右・左)衛門を名乗りに使うことが見受けられこれ等が、時代を下るにしたがって菅公の三男としたのか、誤解されて定着したのではと思う次第です。
猶、この兼茂の常陸介は同書に記載があり、他書(出典忘)天慶元(938)年、常陸の官物に損害があり補填すべしと、勘解由使から書状を出された記録が残っいるそうで、この書状は通例国司の任期満了後数年内に出されるもので、当時の国司の任期は6年なの...
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

1827 名前:鎌倉とんぼ :13/06/28(金) 16:01 (ありがとうございます。) 
山石貝 さま

ご丁寧にありがとうございます。
多くの方々からご親切な情報などをいただき恐縮しております。
菅原道真公は時代とともに伝説の部分が広がって、あの世でご本人は
気恥ずかしい思いをされて居られましょうか。

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1823 「名越切通」と「まんだら堂やぐら群」 (Res:3) 最新発言から読む

1823 名前:鎌倉とんぼ :13/05/18(土) 18:22 (「名越切通」と「まんだら堂やぐら群」) 
「名越切り通し」と「まんだら堂やぐら群」の写真をアップしました。【http://mixi.jp/home.pl?from=global#!/album/188379/500000083498764】

1824 名前:鎌倉とんぼ :13/05/19(日) 06:39 (Re: 「名越切通」と「まんだら堂やぐら群」) 
>>1823
> >「名越切り通し」と「まんだら堂やぐら群」の写真をアップしました。【http://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000083498764&owner_id=188379

1825 名前:鎌倉とんぼ :13/05/19(日) 06:41 (無題) 
フォトのアルバムからお入りください。【http://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000083498764&owner_id=188379

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1822 鎌倉 妙本寺 (Res:1) 最新発言から読む

1822 名前:鎌倉とんぼ :13/03/10(日) 14:45 (鎌倉 妙本寺) 
“mixi”に鎌倉の妙本寺をアップしました。比企一族と若狭局・蛇苦止堂などです。【http://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000081289391&owner_id=188379

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